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東京地方裁判所 平成8年(ワ)322号 判決

原告

有限会社X開発

右代表者代表取締役

甲野太郎

右訴訟代理人弁護士

寺内從道

被告

Y建設株式会社

右代表者代表取締役

乙川一郎

右訴訟代理人弁護士

川尻治雄

主文

一  原告の訴えをいずれも却下する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

(主位的請求、予備的請求の一)

1  被告は、原告に対し、金二億九八三〇万円及びこれに対する平成三年三月六日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言。

(予備的請求の二)

1  被告は、原告に対し、金二億六七三〇万円及びこれに対する平成三年一二月六日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、不動産売買等を目的とする有限会社であり、被告は、建築工事、土木工事、地域開発事業、不動産売買等を目的とする株式会社である。

2  原告は、昭和四八年二月二二日法人成りする以前に、原告代表者において、被告から、福岡県宗像市冨地原地区の合計約一〇万坪の土地(以下「本件土地」という。)の買収業務(以下「本件買収業務」という。)の委託を受け、法人成りした後も原告が原告代表者の地位を承継して、右買収業務に従事し、昭和五〇年ころ、本件土地の買収に成功した。

3  しかし、本件土地が買収完了前の昭和四九年に市街化調整区域に編入されてしまったため、被告は、昭和五〇年ころ、原告に対し、本件土地が市街化区域に編入されるよう、冨地原地区の住民を結集して行政当局に陳情その他の形で働きかけさせるなどする業務(以下「本件市街化区域編入業務」という。)をも委託した。

4  原告と被告とは、本件買収業務及び市街化区域編入業務の費用、報酬について、昭和五七年一〇月二八日、以下の約定での支払合意(以下「本件報酬支払合意」という。)をなした。

(一) 合意時に三〇〇〇万円

(二) 市街化区域編入時に三〇〇〇万円

(三) 開発許可時に三〇〇〇万円

(四) さらに、本件買収業務を含めた原告の全ての受託業務に対する報酬の付加的支払として、宅地販売時に、被告は原告に対し、造成された宅地の一割を販売または斡旋させる。その条件は別途協議して定める(以下、本条項を「宅地販売条項」という。)。

なお、本件土地の買収が完了し、さらに市街化区域に編入された後には、被告において、本件土地を開発して宅地造成し、住宅団地とすることが、地権者を含めて関係者間では何度も確認された既定の方針となっていた。

5  原告は、本件市街化区域編入業務の委託を受け、当初は、政治家に働きかけてみたがうまくいかず、昭和五二年ころ正式に冨地原地区に要請し、地元民の結集を図り、これを維持させながら、福岡県議会や当時の宗像町議会及び議員に対する陳情、本件土地への進入道路用地の町道化行動、行政当局に対する社交的儀礼などに、相当部分の費用を自ら負担して取り組み、その結果、本件土地は、昭和六一年三月三一日以前に市街化区域に編入された。

6  そこで、原告は、被告が本件土地を宅地造成し、住宅団地を建設したうえで、宅地販売条項が実行され、それまでの一三年間にわたる本件買収業務及び本件市街化区域編入業務に対する付加的報酬が受けられるものと期待したが、被告は、平成三年三月五日、本件土地を宗像市開発公社に代金約三五億円で転売してしまい、報酬支払にあたっての条件成就を故意に妨げた。

よって、原告は、民法一三〇条に基づき、被告が本件土地を宅地造成したものとみなす。

7  しかるところ、宅地販売条項によれば、原告は、造成された宅地の一割を別途協議によって定められた条件によって販売または斡旋して報酬を受領するはずであったが、右の協議をすることは無意味となり、かつ不能となったので、宅地販売、斡旋に代わって金銭をもって報酬を受けるべきであり、その金額は、原告の業務遂行とその成功に対してこれまで業務委託関係の中で原告が支出した費用、被告が原告に支払った業務委託料等を参酌し、かつ委託業務の難易度、被告が業務の委託とその成功によって受ける経済的利益に照らすと、二億九八三〇万円を下らない。

8  しからずとも、商人である原告は、その営業の範囲内において、前記のとおり、被告から、本件買収業務及び本件市街化区域編入業務の委託を受け、これを遂行していずれも成功させたのであり、商法五一二条に基づいて相当な報酬を受けるべきところ、右相当報酬の金額は、二億九八三〇万円を下らない。

9  しからずとも、原告が本件買収業務及び本件市街化区域編入業務の委託を受け、これを遂行していずれも成功させた結果、被告が所有する本件土地の交換価値は、四〇億円前後増加した。

しかるに、被告は、平成三年一二月五日、原告に債務不履行があるとして右各業務委託契約を解除した。

したがって、被告は、契約解除によって報酬請求権を失うという原告の損失において、本件土地の交換価値の増加という利得を得ているのであるから、増加額のうち少なくとも社会的な報酬額に相当する金額は実質的相対的公平の見地からして原告のものである。

そして、本件において、社会的に相当な報酬額に相当する金額とは、前記の相当報酬の金額二億九八三〇万円から、被告が主張するところの債務不履行の後始末として被告において出費を余儀なくされたという三一〇〇万円を控除した二億六七三〇万円を下るものではない。

10  よって、原告は、被告に対し、主位的請求として、本件報酬支払合意に基づく本件買収業務及び本件市街化区域編入業務の報酬二億九八三〇万円及びこれに対する報酬請求が可能となった本件土地転売日の翌日である平成三年三月六日から支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を、予備的請求の一として、商法五一二条に基づく右各業務の報酬右同額及びこれに対する右同日から支払済みまで右同率の遅延損害金の支払を、さらに予備的請求の二として、不当利得返還請求権に基づき二億六七三〇万円及びこれに対する右各業務委託契約解除の日の翌日である平成三年一二月六日から支払済みまで右同率の遅延損害金の支払を求める。

二  被告の本案前の主張

1  本件の主位的請求及び予備的請求の一は、原告が被告に対して提起した契約金請求訴訟(福岡地方裁判所平成三年(ワ)第二四二二号契約金請求反訴事件、福岡高等裁判所平成六年(ネ)第五五四号同控訴事件。以下「前件訴訟」という。)の訴訟物と同一であり、その確定判決の既判力に抵触する。

2  また、本件訴訟における原告の主張ないし請求は、前件訴訟において十分に主張立証が尽くされ、裁判所が既に判断しているものであり、前件訴訟が一部請求で本件訴訟がその残額請求であるとしても、前件訴訟において原告の主張は全て認められずに請求が棄却されているのであるから、いずれにしても、本件訴訟は前件訴訟の蒸し返しにほかならない。

判決により確定した原被告間における同一の法律関係は尊重されるべきであり、実質的に同一訴訟を蒸し返すことは、紛争の一回性の要請に反し、紛争の解決を得た被告の法的安定を害するうえ、もはや決着済みとの被告の合理的期待と信頼にも反し、さらには訴訟経済の理念にも反するものとして、訴訟上の信義則に照らして許されないものといわなければならない。

3  さらに、本件の予備的請求の二は、単に法律構成を変更しただけであって、その根拠として原告が主張するところのものは、前件訴訟における原告の主張と実質的には同一であり、しかも、主張自体が失当であるので、右請求が同一の紛争関係に基づくものとして、信義則に反することになんら変わりはない。

4  よって、原告の請求はいずれも棄却されるべきである。

三  本案前の主張に対する原告の反論

1  前件訴訟は、本件報酬支払合意または商法五一二条に基づく一二億円の報酬請求権の一部として一億円の支払を求める旨を明示してなされたものである。

2  数量的に可分な請求について一部請求であることを明示したときには、既判力はその一部請求金額についてのみ生じるというのが大審院以来の確定した判例であるから、前件訴訟における原告敗訴の確定判決の既判力は右一億円についてのみ生じ、残額一一億円については別訴を提起することができるのである。

仮に裁判所が明示的一部請求事件の確定判決の既判力が残部にも及ぶと判例変更し、当該事件にその変更した判例の基準を適用するのであれば、訴え提起時には適法であった訴えを事後的に不適法にして却下するわけであって、いわゆる遡及的な不利益変更の禁止という法において大原則に反し、許されないものと思料する。

なお、原告が前件訴訟について上告を断念したことにより、被告において事件が終了したものと思ったとしても、右のような判例がある以上、その判断は保護に値しない。

一方、原告は、前件訴訟の控訴審判決に接した際、右判例に従って残額請求に背水の陣をもって望むこととし、前件訴訟の上告を断念したのであるから、原告の右判例に対する信頼は保護されるべきである。

3  また、民事訴訟手続において、信義則に違反する訴訟行為が排除されることはやむを得ないところであり、最高裁判所昭和五一年九月三〇日判決(民集三〇巻八号七九九頁)は、前訴において後訴の請求をすることに支障がないこと、後訴提起時後に買収処分後約二〇年間を経過していることなどの事情があるときは、後訴の提起は信義則に反し許されないと判示している(小法廷の判決であり、明示的一部請求事件の既判力の客観的範囲に関する従来の最高裁判例を変更するものではない。)。

しかし、前訴が明示的一部請求事件である本件において、その判決の結果を待って残部請求の是非ないし可否を決定しようとする原告の選択は、訴訟法上是認されているのであるから、信義則の見地から、前訴において残部の請求の追加の強制することは司法権の行使上の矛盾であるし、一二億円の報酬請求に必要な印紙代を考えると、前件訴訟において残部を請求することについては原告に重大な支障があったとさえいえる。

さらに、本件においては前件訴訟の控訴審判決から僅か四か月以内に本件訴訟を提起しているのである。

4  加えて、本件の予備的請求の二は、前件訴訟の判決において被告の契約解除の抗弁が認められたことを前提に請求するものであり、前訴の蒸し返しではないし、原告は、被告の右抗弁が認められるはずがないと信じて、激しく争ってきているのであって、前訴において予備的請求の二のような請求を追加することは思いもよらないことである。

四  請求原因に対する認否

1  請求原因第1項は明らかに争わない。

2  同第2項ないし第10項のうち、被告が本件土地を宗像市土地開発公社に売却したことは認め、その余は否認ないし争う。ただし、被告は、原告との間で、昭和五七年一〇月二八日「福岡宗像土地に関する宅地開発事業援助(コンサルタント)並びに土地管理等に関する契約」を締結した。

五  抗弁

前記「福岡宗像土地に関する宅地開発事業援助(コンサルタント)並びに土地管理等に関する契約」では、被告のなすべき業務として「地元地権者との権利調整」が約定され、委任事務の内容となっていたのに、原告は、被告の再三にわたる催告にもかかわらず、これを履行しなかった。

右契約においては、原告が契約の本旨に合致した業務を提供しない場合には契約を解除し得る旨が規定されている。

また、右契約においては、被告が契約の存続を必要としないと判断した場合にも契約を解除し得る旨が規定されているところ、被告は、本件土地を宗像市土地開発公社に売却し、右契約の存続を必要としなくなった。

そこで、被告は、平成三年一二月五日、前件訴訟の口頭弁論期日において、原告に対し、右契約を解除する旨の意思表示をした。

しかるところ、右契約には、契約解除の場合、原告は解除の日以降業務について報酬等を請求し得ない旨が規定されており、原告は右解除により報酬請求権を失った。

六  抗弁に対する認否

否認ないし争う。

理由

一  被告の本案前の主張について検討するに、証拠(甲五四、乙一ないし三)によれば、前件訴訟の経過等について以下の事実が認められる。

1  被告は、原告が買収した冨地原地区の土地について原告との間で事前に転売契約を締結していたとして、原告を相手として福岡地方裁判所平成三年(ワ)第一八七二号所有権移転登記手続請求本訴事件を提起し、これに対し、原告は、本件報酬支払合意に基づく本件買収業務及び本件市街化区域編入業務の報酬一二億円の内金一億円の支払を求める反訴(前件訴訟)を提起した。

2  その後、原告は、商法五一二条に基づく報酬請求権を本件報酬支払合意に基づくそれと選択的に主張する旨を記した準備書面を提出するなどし、また、被告は、原告が本旨に沿った委任事務の提供がなく、契約の存続も必要でなくなったので、原被告間の「福岡宗像土地に関する宅地開発事業援助(コンサルタント)並びに土地管理等に関する契約」を解除した旨主張するなどし、双方立証を重ねた末、平成六年六月一六日、第一審判決が言い渡された。

3  右判決は、条件成就妨害に関しては、本件土地を宗像市土地開発公社に売却し、開発計画の実施を断念するに至る経過について、被告に責められるべき点があるとは認め難く、故意に契約条項を潜脱する行為に出たと評価することはできないとし、また、契約解除等に関しては、原被告間の契約では原則として被告の解除が自由であるとしたうえで、原告の報酬等の請求権は本件土地が市街化区域に編入された後の委任事務の処理に限定されるというのが相当であるのに、右の時期に原告が報酬を請求し得る程の委任事務を処理したとは認め難いなどとして、原告の反訴請求を棄却したものである。

4  原告が福岡高等裁判所に控訴し、商法五一二条に基づく請求を主位的請求、本件報酬支払合意に基づく報酬請求権を予備的請求としたうえで、商法五一二条に基づく請求に関連して主張を補充し、証拠調べがなされた末、平成七年九月二八日、控訴審判決が言い渡された。

5  右判決は、商法五一二条に基づく請求に関しては、同条は、商行為が当事者間の契約関係に基づくもので、その行為の対価が既に契約関係に基づく売買代金、報酬等に含まれている場合にまで同条に基づき別に報酬を請求できることを定めたものではないとしたうえで、原被告間の契約に報酬支払条項があることなどを認定し、したがって、原告の業務等の報酬は原被告間の契約関係に定めるところによるのであって、商法五一二条に基づき別に報酬の支払を求めることはできないなどとし、他は第一審判決を引用して、控訴を棄却するものである。

6  原告は、控訴審判決に対して上告せず、平成七年一〇月一三日、右判決は確定した。

二  以上認定のとおり、前件訴訟は、一二億円の報酬請求権の一部と明示して一億円の報酬を請求するものであり、いわゆる一部請求である。

また、本件訴訟の主位的請求及び予備的請求の一は、全体として一二億円の報酬請求権があるとの指摘はないものの、原告の主張に鑑みれば、前件訴訟で請求しなかった残部の報酬請求権について訴求するものであることは疑いない。

ところで、請求権の一部と残部とを別個に特定し得る指標がある一部請求の場合はともかく、前件訴訟のように、右の指標のない一部請求としての金銭給付訴訟において、当該一部請求を全部棄却する判決は、請求権全体について審理を尽くしたうえで、請求権全体が存在しないとの判断のもとになされるのであり、右の判断は、当該訴訟の原告によって設定された審判の対象についての判断を示すべき判決主文上には請求金額の限度でしか表れないものの、判決理由中には必然的に示されるものである。

したがって、当該訴訟の被告としては、請求権全体が存在しないという理由中の判断によって紛争が解決するものと当然に期待するであろうし、その反面、原告に対しては、請求権全体について審理が尽くされたという意味において、その権利を実現するに十分な手続が与えられているのであるから、訴訟手続上の信義則ないしは公平の見地からすれば、右のような一部請求の全部棄却判決を受けた原告は、改めて残部を請求することができないものと解するのが相当であり、これに反する原告の主張は、一部請求の中にも一部と残部とを区別し得るものとそうでないものとがあることを看過している点において既に採用することができない。

三 また、本件訴訟における予備的請求の二は、前件訴訟とは訴訟物を異にするが、要するに、原告が本件買収業務及び本件市街化区域編入業務の委託を受けたこと、原告が右各業務を遂行したこと、原告がこれに見合う対価を得ていないことなどを前提とするもので、紛争の実体及び事実に関する争点は主位的請求及び予備的請求の一と完全に同一で、ただこれに契約解除という主張が加わり、法的構成が変化したものにすぎない。

なお、予備的請求の二と主位的請求及び予備的請求の一の相違が右の程度のものにとどまる以上、前件訴訟において予備的請求の二を追加することが不可能であったかのようにいう原告の主張は採用できない。

四 以上によれば、本件訴訟は、いずれも前件訴訟の実質的な蒸し返しであり、前件訴訟において十分な手続保障が与えられたにもかかわらず、前件訴訟の確定判決の効力を潜脱すべく提起されたものといわざるを得ない。

五 よって、原告の訴えは、いずれも不適法であるから却下することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官石橋俊一)

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